暑苦しさと成熟




子育ての相談に乗っていると

夏休みはイライラ、怒りのボルテージが上がっている方が多く、それだけ世の母たちは密着してとてもとても密度の濃い時間を過ごされているように見えます。



わたしもそうだった。過ぎてみないとわからないこともあるし、わからないことが幸せだったりする。



イライラと言いつつ幸せな瞬間や、子どもからもらっているものたくさんで、トンネルの中にいるような日々であっても生命を育てる尊さは、乳と本能とを丸ごと投げ出して没頭するかけがえのない日々。頭は追いつかない。



家事は頭がするお仕事かもしれないけれど、育てることを頭は苦手なのかもしれず、子どもに対して〜してしまった、〜してあげられない、もっとこうすればよかったなどと、罪悪感と不甲斐なさと、不安を生み続ける。



それを母に背負わせる社会を終わりにしましょうよと、こつこつやっていることがあるけれど焼け石に水の菩薩行。がんばれ、わたし。



子どもは与えなくてはいけない存在と思えば思うほど、手に負えないものになる。でも、子どもの、本能的生き物としての暑苦しさを味わってみればたちまち、大人の中の本能も目を覚ますから、その面白さを感じられたら、もうもらってばかりだ。



わたしは菩薩にはなれないから、行のような日々を行ったり来たりしながらも、深まっていく何かを信頼して過ごすしかなく、身体も成熟に向かって大変だなぁと思う。



子育てが終わってしまった。女の人の身体は、血でできてるんじゃないかと思うほどに、今のわたしは真っ赤なベットを持て余して、それに圧倒されているのだけれど、この生命のかたまりは地に還るのですか。誰かを受け止める大きな器になれますか。わたし由来の子どもたちは、母の生命の営みを、いつか知りますか。



誰も知らない、苦しみだったり声にならない思いだったり、きっとみんな一つや二つある。



その声なき声は、誰かにわかってほしいんじゃなく、誰よりも自分に知ってほしくているけれど、自分のそれを知った時、誰かにわかってもらうことと、誰かを解ることがおんなじだと悟ります。



それほどつながってる。わたしたちは、今、実りの秋に向かっていますね。








 

 

*  *  *

 

10月6日(日)、7日(月)

舞と祈りのリトリート

 

 

2019年 8月のご予約が可能な日。

 

30日(金)15時から。

 

9月は出張研修ありのため、新規の方でお受けできる日は14日以外の土曜日のみとなります。

 

 

*  *  *