名前のこと

 


チカコさんと呼んでくれていたこれまで出会ってくださった方々へ。

 


ともみさんと呼んでくれる最近出会った方々へ。



私にはDEVI(デヴィ)という、7年前に瞑想の勉強にイタリアに行った時にもらった名前があります。

 


ビジネスネームでもなく、なんていうのでしょう。ホーリーネームというのでしょうか。

この名前が一番、気持ちが軽くなる響きなのだけれど、社会的じゃないなぁとためらっていました。

 

 

怪しいなと思われたら嫌だ。

臨床心理士らしくしなきゃ。

社会的に権威のある大きな団体と契約関係もあるため、怪しい色を抑えてきました。

 

 

また、私にとって、社会的でない=「一人ぼっちになってしまう」という怖れがあって、私の全てを公開したら追放されてしまうような怖れがありました。

 

 

私を出したら、誰も近寄らない。

怪しがられる怖がられる。

そんな自己憐憫の入った思い癖をいつからか持ち続けてきました。



そんな自意識過剰はもう古いと分かっていても、数年前に色々なものを失って、絶望の底にいると「ほらやっぱり」という確証の餌になるものです。そして、完全にDEVIは封印するつもりでした。

     

 

ちゃんとしていよう

まともにしていよう

 

 

普通ってなんだ

ちゃんとって、まともってなんだ

 

 

ううん。そんなのどうでもいい。

そんな観念遊びはどうでもいい。

 

 

私は普通に近所のスーパーに行ったり、大切な人に会いたいと思えばすぐに会えたり、ただ安心して過ごしたかった。



どうやったら社会とつながれるだろう

社会的な仕事もしているけれど、私がバレたらどうしよう

 

 

まるで犯罪者が罪から逃げるように

そんな怖さから

HPも聖地巡礼の記事や書いてきた詩やコラムを削除して、スペースDEVIという名前も、○○心理発達研究所などにしようかと色々試してみた。

 

 

でもどこにも落ち着けなかった。

私のお家はどこですか?

私の名前はなんですか?

名前を聞いてもわからない。

 

 

もういいや。

名前がないままでいよう。

 

 

私の感覚や伝えたい思い、こころの世界。敏感な身体と意識で自然界とつながる舞の世界だけを頼りに、誰かに説明することができなくてもいい。名前のない、生まれたばかりの赤ちゃんみたいに、その子を抱っこするだけでいいや。

 

 

舞にも名前がない。

いろんな型のある舞やリズムのあるダンスをしてきたけれど

残ったのは、無極舞。

 

 

極のない舞だ。

 

 

無極舞は、語ることができない。

見せることもできない。

 

 

だから私の舞は、依然として名前がない。

それでもお稽古に通ってくださる奇特な方々に

身体の響きを聴く時間を分かち合えていることに感謝します。

 

 

カウンセリングやヒーリングに通ってくださる方にも出会いに感謝です。

 

 

支えてくれている人たちのおかげや、お盆の大きな経験により、わたしの中で安心感が根付いてきて、赤ちゃんの名前をDEVIにすることに決めました。

 

 

よかったらDEVIって呼んでください。

呼び捨てが似合う方は、どうぞそうして。

デヴィさん、でびちゃんなども嬉しいです。

 

 

わたしは、DEVIです。

はい!元気です。



 

 

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8月のご予約が可能な日。

 

23日(金)15時から、26日(月)13時から、15時からです。

 

9月は出張研修ありのため、新規の方でお受けできる日は14日以外の土曜日のみとなりますことご了承ください。

 

10月6日(日)、7日(月)に、リトリートを計画中です。ひとまず日程だけ載せておきます。

 

 

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