冬至の祈り舞から



沖縄は浜比嘉島の、ムルク浜にて舞の奉納を終えました。

 

そして一昨日、久高島より戻りました。

 

12月だというのに初夏のような暑さ。



海にも浸かり、冬至の朝日も満月の夜も満喫しました。

 

 

冬至の瞬間は、20名をこえる舞姉妹さんと家元の美香さん、アーティストのYuraiさんにバレエダンサーの緑間さんご夫妻とともに大自然と祈りでつながりました。

 

 

生まれたての朝日が衣をピンク色に染める風景は、この上なく優しい美しさ。

 

 

すべてがかみ合わせ、奇跡の瞬間でした。

 

 

時折、音なき音のBGMが流れたりスローモーションになる瞬間があり、まるで映像の中にいるような感覚でした。

 

 

実は冬至直前の夜に、

発熱と出血と

さらには感情的な痛みが吹き出していました。

 

 

浅い眠りの中、うなされるように夢なのか現実なのか分からない世界で、不思議な沖縄の古い言葉を聞いていました。

 

 

終わりの日に寄った久高島では、偶然にもキャンセルがでて泊まることができ、そのお宿にて、4世代の女の人と交流しました。

 

 

イザイホー(40年前に行われなくなった12年に一度の大祭)で舞ったというおばぁ、娘さんとお孫さんとひ孫ちゃん。

 

久高の歴史と今に、惹きつけられ、自然の声以外にわたしたちが聴くべきものなんてあるんだろうかと思いました。

 

 

クリスマスや街の雑踏、不必要なデコレーション、人のマインドのおしゃべり、どうしてこんなに人はそれらに惹きつけられているのか、不思議で不思議で、すごいなぁとある意味感心してみたり、引きこもりたくなったり。

 

 

世間との隔たりを感じつつも東京にチューニング合わせちゅうです。

 

 

とにかく眠ります。

 

 

眠りにつこうと思っても、おんなの人が舞う風景が消えずにいるからうっとりしながら。

 

 

目を閉じてもその景色は鮮明になるばかり。

 

 

おんなの人が舞うことで、水の景色がどんどん変わっていくのだと、その景色は教えてくれます。

 

 

吹き上げる水しぶき

大海原

落ちる滝

光を写す水

 

 

いろんな水の景色は、おんなの人なんです。

 

 

唄いましょう

舞ましょう。

 

 

たくさんの美しい景色を

一人ひとりが観て。

 

 

観るから

現れるものがある。

 

 

そしてイメージから出て

目の前に現して…と。

 

 

現したら

誰かのそれとも合わさって

自然に淘汰されて

現実がより美しく動いていく。

 

 

頭から胸に降りた世界を

もっともっと知っていく。