発達障害について(長文)



一時期、アスペルガーやADHDという概念が流行り、「発達障害」がメジャーになって、診断を受ける人が増えています。

 

 

最近では、障害という呼び方を「症」にしようという流れがあったり、発達障害を言い換えて「神経発達症」という呼び方に切り替えようという流れがあったりします。

 

 

アスペルガーという呼び方も現場では使われることが多いですが、世界的な診断基準ではASD(自閉スペクトラム症)という名前に吸収合併されたので、業界では使われなくなってきています。

 

 

発達障害という概念は、こうして年々変わっていくものです。そして、そもそも発達障害というのは、病気でも逸脱した個性でもなく「現在の状態」という症状です。

 

 

つまり、たとえば発達障害のひとつであるADHDも、同じ人が環境によって問題行動になったりならなかったりするので「固定した障害」ではないということなんですね。

 

 

ちなみに純粋なADHDの症状だけという人は実はあまり少なく、実際にはASDや知的な発達症などを重複していたり、自然から離れた不自然な生活によるグランディング不足という症候群なのでは?と思うことがあります。

 

 

ADHDと調べると、障害の特徴やチェックリストなどが羅列されているでしょう。



なんだか、気分が下がるというか、レッテルがさらに色濃く貼られてしまう感じがするのは私だけでしょうか。



そもそも診断する、という世界は一歩間違えると、手に負えないものを固定するためだけに、専門家が専門家らしくあるために、悲しいかな製薬会社の儲けのために…使われてしまっているの?と感じることがあります。



本来ならば診断というのは、「困り感を理解する」ことで「過ごしやすくなる」ことが第一の目的であるはずなのに。



どうぞ、この世の中で、この時代に、生を受けたこの身体で快適に生きるために、診断や発達障害の概念を使ってやる!という考え、もしよかったら採用してみてください。



「快適に生きる」というのは、楽して生きるだけでなく、ときにはしんどいことも厳しいこともあります。



そんなとき、本当は自分は何を感じてるの?何を表現したいの?どう生きたいの?など、本当の気持ちに触れていくチャレンジがやってきて、それを通して自分の真実に触れていく気づきのプロセスが、「快適に生きる」ことだと思うのです。



さて、快適に生きることを阻害することとして、無価値観や罪悪感というものがあります。



ルールに従って型にはまるのが優良とされる社会では、発達障害の要素があると生きづらかったり困り感になり自己評価というのも下がってしまいます。



それをフォローするかのように有名人の~さんもADHDだとかアスペだとか、あの偉人もそうだったみたいな、慰めみたいな表現もあったりします。

 

 

かといって実際の生活での困り感、自分はダメだなぁと思う機会が減るわけでもないので、やっぱりそれは表面的な慰めでしかないなと思います。

 

 

慰めなんかはいらなくて、体感で理解して納得したい。そんなわたしは臨床心理士として、カウンセリングや特別支援教育、心理療法を通して、これまでたくさんの発達障害と呼ばれるお子さんや大人とお会いしてきました。また、わたし自身の偏った性質と向き合い、女性として子どもとして母として、ヒーリングや瞑想、ボディワークなどに取り組んできました。



そこで体得してきたものを、誰かの生きづらさから快適さへと何かのきっかけになればと、書いています。



今回は、ADHDに焦点を当てて書いてみます。



もしADHD様症状で困っている、もしくは家族や知人がそうでないかと困っている方へ。



体の動きや内的な活動・思考が活発で、刺激となる情報に引きづられやすいことはありますか?



大変だね…共感だけでなく、ダメじゃない!という叱責ではなく、そんな場合はどうしたらよいかという現実的な対処法や、実際の体験での「できたよ体験」が何よりも役立ちます。



つまり、体験からの学びです。開拓者、冒険者、先駆者のADHDの質を生かしていきましょう。

 

 

頭の中が多動で、風のように色んなアイディアが湧いてきては消えていく、それを現実化する実行機能が伴わず、ただ風は見えないまま去っていく。そんなことはありますか?



そのうち、どうでもいいことばかり湧いてきては、どんどん雑音になって台風の様に頭の中をかき乱しては、イライラが募ったり、自分を責めたり。

 

 


でも、物事のニュアンスや雰囲気、目に見えない気を察する能力に長けていて、うまく説明できないけどなんとなく分かる能力があることを見逃さないでください。

 

 

せっかく全体やニュアンスを把握する能力に長けていても、自己否定に陥ると、「~な気がする」という察知する力が歪んで使われ、「あの人は、自分のことを嫌っている気がする」「やられる前に、やってしまえ」などという被害的な考え方や過剰な防衛、または、人の顔色を気にして過剰適応することに能力が使われてしまうことがあります。



多動の力が無駄なところで浪費されてしまわないよう、自分の能力・エネルギーの使われ方が、被害的なものや過剰適応に使われていないかどうか、観察する視点を持つことから始めてみましょう。

 

 

衝動的に動いてしまうのは、いざという時とっさに動ける能力でもあります。

 

 

後先考えないで損得考えないで、とりあえず動いてみる力があるという、奉仕精神にも切り替わる可能性を秘めています。役に立ちたい、そんな気持ちがあることを、自分でも知ってほしいし、周りの家族や支援者の方は「ありがとう」と受け取ってあげてください。

 

 

優先順位を持って、物事を順序立てて進められないとき、いい加減だとか信用できないと言われてしまったことがあるかもしれません。そのため、コツコツとやり遂げるのが苦手なことがあります。



それもどうぞ否定することなしに、どうしたら優先順位をつけ、やり遂げられるかを「具体的に」「自分に合った方法で」やってみましょう。



失敗しても別の方法で再チャレンジなだけです。トライ&エラーで笑い飛ばせるよう、どうぞ失敗があったら笑い話に、ユーモアにしてしまいましょう。朗らさで、周りを緩めてくれる性質でもあるのですから。

 

 

自分を否定することは、自分の中にあるクリエイティビティまでを否定することにもなるので、自己否定に陥ってしまいそうなとき、そこにエネルギーを注がないことです。

 

 

代わりに、頭に湧いてきたアイディアやインスピレーションのようなものはすぐにメモするようにしてみてください。

 

 

携帯のメモ機能が役立つし、小さめの付箋を買っておいて、書き出して付箋を並び替えたりグループ分けしてみたりなどすることで、頭が整理され、混乱に巻き込まれなくります。



そんないくつかの方法を試して、自分あったものをストックして小さな成功体験を積んでいきましょう。

 

 

風のように流れていってしまうアイディアや考えは、結局は何も残らないので手応えがなく、「どうせ自分は」に陥ってしまうことがあるので、コツコツたまる形や見える形にして残るように工夫します。

 

 

子供だったらスタンプやシール、ホワイトボードやマグネットシートなどメジャーな方法です。

 

 

大人だったら五百円貯金や定額貯金、資格取得や筋トレ、楽器の練習など、目に見えて積み重なる日課を作って「達成した、上達した、積み重ねられた」という手応えを自分で感じられる工夫をしていきます。

 

 

興味があることや熱中できることへの集中力は高い一方で、短距離走みたいにダッシュなので持続できなかったり、逆に依存症のように止められなくなる場合もあります。

 

 

極から極へと偏りやすい性質を理解しましょう。大事なのは、その性質を自己卑下しないことです。

 

 

「やりすぎない」「やらなすぎない」ためにも、毎日の日課の中で、タイマーを使って◯分以上は絶対にやる、◯分以上は絶対にやらない、という自分を守る緩やかなルールを作ってみるのはどうでしょう。

 


途中でやめたくないのに、やめなくてはならないときは、やり残した事をダイジェストにして書いておくなど、メモを残しておきます。



携帯なども活用できますが、時間を決めたり使わないときは電源を切るなどして、気が散ってしまう環境を制限します。

 

 

これらは制限や禁止というよりも、自分を守ってあげる術だと心得ます。

 

 

ADHDとグランディングは近しい関係なので、ADHDだと思ったらグランディングを意識してみます。

 

 

グランディングとは、地に足をつけるということで、自分の体にしっかりと「居る」感覚のことを言います。

 

 

自分のボディイメージが乏しいと、自分の体に居るという感覚がわからなかったり、退屈でつまらないと感じることもあるかもしれません。

 

 

自分の体に居る感覚が乏しいと、どんどん刺激を大きくしなければ感じなくなってしまいます。

 

 

これがADHD傾向のある人が依存になりやすい一つの要因でもあります。

 

 

どうして、グランディングしづらいか?

 

 

それは、自分にグランディングする前に、誰かや物にグランディングしてしまうからです。

 

 

人や物に流されやすく、容易に刺激に流されやすいのも、快適なことに対してとても貪欲だったり、「いいもの」が分かる繊細さや、共感・共振能力の高い優しさでもあるからです。自己否定するものでもなんでもなく、翻せば能力でしかないです。

 

 

長くなりましたが、一貫していてお伝えしたかったのは、自己否定にエネルギーを使うのをやめ、自分の性質を理解し、現実的な体験を重ねていこうということです。



それをいくつかの側面から繰り返し書いてきました。

 

 

自分の性質を理解するために、自分を実況中継する、セルフモニタリングという方法が役立ちます。



実際に体を動かすボディワークや、客観視を養う瞑想、マインドフルネスなども役立ちます。

 


漠然としていた世界が生き生きとし始め、「生きてる」感覚が蘇ってきます。

 

 


どうぞ発達障害という概念が誤解されて多用される時代に、診断をくだされて自分を否定し生きる人が減っていきまうように。

 

 

障害、病気などと固定されて、治さなければ…という視点を変え、自分の現状を理解して、自分を生きよう!と胸を張っていられますように!!