ニュースの中にある連続性



平成30年7月豪雨で亡くなった方、そのご家族に、こころよりお悔やみ申し上げます。今大変な思いをされてる方に一日も早く平穏な日を…ニュースには映らない小さい人たちが一人残さず守られて、安心して過ごせていますように。



昨日は東京も突然の大雨がありました。不安定な空に不穏な雰囲気を感じながら、私は虐待の緊急対応でした。



これまでの虐待のケースでは、暴力、ネグレクト、性的なもの…様々見てきました。



最近は目黒の事件もあってか、東京では特に教育虐待(教育的に、学力や目標を達成するために与える心理的、身体的な虐待)が起きやすいことを実感していて、個人的にその辺りに特に関心をもっています。



ひとつ大きな事件が起きると、その事件の周りには「グレーゾーン」があると感じます。



発達障がいの言葉で「スペクトラム」という、「連続性」を意味する言葉を使ってもいいかもしれません。



ひとつの事件の周りにある、連続で繋がってる人たちがいる。



極端に言えば、日本みんな繋がってる。災害も、事件も、ニュースも、色んな事柄がつながってる。



例えばオレンジジュース100パーセントから0パーセントまであるように、濃度の濃い~薄いは連続しているもので、ゼロか100かではなく



事件になるような100パーセントの事柄の周りには、ニュースにはなっていない90パーセントもある。自分の中にも10パーセントあるかもしれない、そういう感じでみています。サリン事件や死刑でさえも。



今、関心を持っている教育虐待というもの、それは教育なの?虐待なの?という微妙なラインの指導が普通の学校でもあり、その辺りを今、関心を持ってまとめています。



物質的な上昇志向がベースにあると、以下のような常識が生まれます。



✔️自分に厳しく、人に優しく

✔️いつも元気でポジティブに

✔️人に迷惑をかけない

✔️人のお手本になるように

✔️我慢の後に幸せがある

✔️間違いは正そう

✔️反省が次につながる

✔️平均以上を目指す

✔️喧嘩しないで仲良く

✔️わがままは我慢する

✔️人目を気にして感情は抑える



当たり前に見えるこれらの常識は、実は子育てを邪魔したり、目の前の子が見えなくなってしまうことがあります。



自分の中の常識が、もしかしたら教育虐待の温床になりうるという視点を大人が持つことが大事だと思っています。