大阪〜京都への旅


大阪~京都へ。

鞍馬寺~貴船神社へ、祈りと舞の旅をしました。



大阪で舞に舞って汗をかいたあとは、京都にて山の上で汗をかきました。川床料理は、千円しかなくて食べられませんでした。



その代わりに食べたお蕎麦は、身体が塩切れだったのか汁ぜんぶ飲み干しました。


練乳氷の美味しいこと!

大好きなよもぎ餅の餡なし!を買えたこと、鞍馬が実家だという相当目の悪いおいちゃんに引田天功に似てるという理由で大福をもらったこと、寝間着用の浴衣を買えたこと、たくさんのお土産です。



それら全部背負って山に登り、荷物の重いこと!!



貴船神社では足元見えず、一段踏み外して足を捻りました。かばった手の方が痺れてました。足の捻挫は長引くから、やっちゃった!と思ったけど、もう治っちゃったから、軽傷だったみたい。





道中はたくさんの雷が落ちた木々と出会って、その中でも格別、それはそれは龍神さんがいました。鞍馬寺に行く方にこっそり教えます。




さて、今回の旅は、個人的な祈りと大きな祈りとの違いを求めてやってきました。




このふたつはどちらもあるから祈りなのだということ、どちらかでは祈りではないこと、甲乙つけるものではないことを実感しました。



願いと祈りの違いとか

どうして舞なのかとか

色んなこと書きたいなぁ。





明日は、舞の会と瞑想の会の二本立てです。久しぶりにサロンを出て和室にて舞います。瞑想会は満席のようですが、舞のお稽古は、20人くらい入れる場所なので、まだまだまだまだ^^入れます。




瞑想は興味関心のある方多いようです。舞は巫女的な感性豊かな方に響くようです。



感性も身体も、日々の鍛錬で開いていきます。



舞は

瞑想と呼吸がベースです。



ただ座ってする瞑想だけでなく、動く瞑想、音を出す瞑想、叫ぶ瞑想いろいろあります。



そして瞑想は祈りの状態に似ているし、その先は三次元へと形にしていくのが醍醐味だと思っています。



そういう意味で、舞は「瞑想や呼吸の三次元化」ですね。



柔らかく言えば

呼吸するみたいに舞うのでしょう。