てっちゃんけんちゃんとゆきだるま

私の、幼きころ

一番に大好きだった絵本。

 

わたしをあらわしてる絵本。

 

「てっちゃん けんちゃんと ゆきだるま」

 

絶版になってしまって手に入らなくて、遠い図書館から取り寄せて30年以上ぶりに読みました。

 

そうかぁ、男の子ふたりが主人公の絵本が好きだったんだな、わたし。

 

いま、男の子ふたりのお母さんになっている不思議。

 

そしてふたりの兄弟はゆまちゃん、みまちゃん、よまちゃんとお相撲をとります。

 

いまお相撲部屋の隣に住んでる不思議。

 

不思議なデジャブみたいな感覚で、絵本を読み進めました。

 

ゆきだるまのお家の隅々に置いてあるものたちの配置も色合いも、雪の冷たい感覚も、つららやかき氷のキーンとくる鼻の奥の感じまで、当時の感覚が蘇ってきました。

 

幼いころのまんまで、奥に眠ってた感覚、

あぁ、不思議ねふしぎね、この体感覚。

 

 

さて。自分だけで読むのではなく図書館から借りた絵本を公園にも持って行き、我が子と知らない子にまで読み聞かせしてみましたよ。

 

子どもたちを目の前にすると、母が読んでくれたみたいに歌うように台詞を読むところで、口から自然に音楽が出てきました。

 

それを聞いて平成生まれの子どもたちが笑ってくれて、あぁ昭和に生まれた私もここで笑ってたっけねって思い出しました。

 

お話の最後に、ゆまちゃん。みまちゃん。よまちゃんに巻かれた包帯とお尻の絆創膏。

 

怪我した人を助けたくて、そんなストーリーが大好きだったんだね、幼い頃の千賀子ちゃん。

 

一生懸命に溶けちゃいそうな雪だるまたちを運んだのは、てっちゃんけんちゃんだけじゃなくて、私も一緒に運んでた。ほんとうにね!

 

私のせいで溶けちゃったのかも…

急いで治さなきゃ!なんて

 

幼いころの千賀子ちゃんはそんなふうに走ってたのかもね。

 

不思議、不思議。

子どもは不思議。

 

ファンタジーの中で生きてる。

 

一人ひとりに流れている物語は、その人にしかない味わいがあって愛しいものです。

 

味わい、は

もともと持っている種から芽が出ていくよう。

 

その種は、お空の上にいるころに

自分で選んできた種だよ。

 

どんな物語を生きようと、

それは自分が選んでいるもの。

 

なんだか、トラウマとかインナーチャイルドの傷つきとか、アダルトチルドレンとか、そんなものも

 

すべて、それぞれが選んだ物語。

 

そんなふうに片仮名で名付けず、癒そうとせず、物語を読むように自分の選択をこころから楽しめたら、精いっぱいの今を信頼して生きることができるのでしょう。

 

 

続きの物語の真っ白なページには

何が書かかれるかなぁと

自分の選択をひとごとみたいに楽しめるものです。

 

 

あなたはどんな物語の中を生きてきたの?

わたしに聴かせてください。

 

大好きです。

 

 

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