「ぼくの手の中にはナイフが埋まってるんだ」

そんな表現をする子がいた。


もちろんファンタジーだけれど

言い得て妙。


いつでも攻撃できるよう

埋め込まれているのだ。


その子は、傷ついてしまっている自分を守るため、ナイフを埋め込んでいるんだろう。


「ナイフを捨てなさい!」


なんて、そんなことは無理だ。


捨ててしまったら

どうやって自分を保つの?


ナイフを隠しもちながらも、こうしていてくれることの奇跡に感謝…そんな目で彼を見ると、ありがとうしか湧いてこない。


彼は、今にも殴りかかりそうな衝動を必死で抑えて、やむをえずチョークを粉々にして撒き散らした。


チョークを割って撒き散らしたことを怒る?


殴りかかりたい衝動を、他のものに置き換えたんだよ?


「よく、誰か人に向かわなかったね。

わたしもね、カッァーっとした時に、ビニール傘折ったことあるよ」と、

怒りが他人事じゃないんだっと言いたくて伝えると、少し頬が緩む。



しばらく無言の時間を一緒に過ごす。


待つ。


…彼の閉じそうでつり上がった目も、開いてきた。


私は「チョークを片付けるのを手伝ってほしい」とだけ毅然として伝える。


すると、「すみませんでした」と、ほうきで掃いてくれた。


「ありがとうね、片付けてくれて」


わたしが、言いたいのはそれだけ。


帰り際も、最後に

「ありがとうね」


それしか伝えることはないのかもしれない。


母性でしか包めないものってあると思う。