わたしの考える家族は

世間の温かい関係っていうのとかけ離れているかもしれない。

 

家族とは、お互いが100パーセントでいられることを応援し合える関係。

50-50ではなく。

 

誰かが我慢しているのであれば

さっさと解散すればいい。

 

解散できないのであれば

それは誰かが執着とか世間体に縛られているだけ。

 

幸せそうに見える家族が

なんのケンカもない家族があったとしたら

誰かが我慢をしていることが多く

 

「なんの問題もなかった子が、こんな事件をおこすなんて。この子のせいで世間様に…」

「この子が不登校になったから

うちの家族は喧嘩するようになったんです」

 

・・・というようなことが起こる。

 

違うのですね。

 

この子が不登校になったおかげさまげ

喧嘩が葛藤が表面に出てこれたんですね。

 

子どもは、子どもになれずに

お母さんのお父さんになっていたり

お父さんのお母さんになっていたり

親との境界線を持てずに50のチカラで我慢してた。

 

それで思春期になると子どもは

ホルモンが手伝って

わーっと自分の中のぐちゃぐちゃが出てきて

攻撃性とか怒りとか死への憧れタナトスやエロスや…

それを自分のものとして抱えられない。

 

だって良い子なんだもん。

 

自然に出てくる素晴らしき悪い子を、自分のものとして受け入れられない。

 

そうして自分の中のぐちゃぐちゃを

誰か別の人に映して自分を苦しめることを始める。

 

友達にキモいと死ねと言われた。

先生に怒鳴られた。

 

などいう(世間でよくある)ことをキッカケに、それに耐えられなくなってしまう。

 

 

だから、もともと繊細で優しくて

誰か思いの素敵な子が多くて。

 

 

そんな子を、100のチカラでめいっぱい子どもにしてあげるにはどうしたらいいんだろうって、いつも思いながら子どもたちに会っている。

 

 

それはね、それぞれが

100のチカラでわたしになればいい。

 

 

問題を解決しようと良い子を発動させるより

時にはぶつかって

できないことはやらない

いわゆる普通を目指さない。

ワガママだし、自由だし

我慢とか犠牲とか大嫌いだし

お金だって時間だってありがたくいただく。

 

 

そんな100な自分を応援してあげよう。

 

それぞれがだよ。

子どもだけじゃなく、大人もだよ。

 

それだけ全力なのに

家族が、サポートし合えたらとてもありがたい。

 

家族は100のチカラのわたしを応援し合える仲間で、

あたりまえではない、有難きもの。

 

だけど100になれないのなら、ただの呪縛になりうるもの。